2020/3/9
私が規格を超えるという体験をしたのは、1983年に米国のゼニス社でケーブルテレビ用のSTB(セットトップボックス)開発に従事したときです。当時はアナログテレビ全盛で、日本のテレビが米国のテレビ市場を席巻し始めていました。アンタイダンピングといって日本メーカたたきの先頭を走っていたのが、私が勤務した会社でした。
米国はちょうど、多チャンネル時代に直面していて、地デジチャンネルに加えて有料チャンネルサービスが始まっていました。当時はアナログ方式で普通のテレビでは映らないビデオ信号を作って、STBでそれを解くという方式です。
どのようにしたか?まず、ビデオの同期信号を極端に小さくします。これで、同期はずれを起こして、映像フレームがロックしないようにします。画像が流れて何が何だか、解らなくなります。次に、ビデオを反転します。オペアンプを使うと簡単に設計できます。これで輝度を反転させます。この方式を「Sync Suppression and Active Video Inversion (SSAVI)」といいます。
この設計はその会社の技術者が発案したのではなく、外部コンサルタントが持ち込んだものでした。米国ではこういった人々がたくさんいます。日本では個人の発明を買うなどというのはほとんどありませんが、アメリカでは個人の発明でも商売になると判断されると採用されます。彼の場合、1台販売すると3ドルのロイヤリティが入ったそうです。私が米国ゼニス社で勤務していた最後の頃には100万台以上販売していたので、彼は億万長者になったと思います。
NTSCビデオ信号の規格を超えた設計で最も有名なのが、マクロビジョンのコピーガードです。これはビデオ信号のブランキング期間(テレビには映らない領域)に通常のビデオピークを超えるパルスを重畳して、ビデオデッキなどのAGC(オードゲインコントロール)回路を働かせないようにして、全体的に信号レベルを減衰させる方法です。コピーガードの入ったビデオを記録すると、押しなべて暗い映像になります。この会社はそれをもとに大きくなりました。
米国では規格を超えて設計することに違和感がありません。そこに商売の種があるからです。誰かと同じことをしても成長することはできません。誰かと違ったことをする。これが成功への道です。ただ、それには勇気がいります。
今回、私は「これまでの電波主導の放送に対して、別の方向がありますよ」という提言をしました。それは日本のARIB規格にはない提言です。IPと電波を接続する。家の中にミニ放送局を設置する。ドンキホーテ的な発想です。ただ、そのおかげでより多くの人々や異なった業界の人々の意見を聞くことができました。そして思いました。「技術が未来を拓くのではない。新しい技術を使った商売を創造する人たちが未来を拓く」と。私は、そういう人たちに会いたいと強く願っています。この社会を変える人たちに。